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広がる「売らない店舗」 ~注目集める新たな小売りの形~

商品の展示や説明だけを行い、欲しいものを見つけた客にはオンラインで別途購入してもらう「売らない店舗」の取り組みが百貨店などに広がっている。商品を手にとってもらい魅力を伝えることに専念でき、出店のハードルを下げることもできるとして注目を集めている。

■商品開発にも活用

大丸東京店(東京都千代田区)は2021年10月、化粧品やアパレル商品、雑貨などを集めた売り場「明日見世(あすみせ)」をオープンした。

「明日見世」の売り場(大丸松坂屋百貨店提供)

 

4階のイベントスペース約100平方メートルに設けられた売り場に並ぶのは、「D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)」と呼ばれる方式で営業してきたブランドの商品。オンライン専業のブランドが多く、客が店頭で商品を手にとってみる機会が無かったものがほとんどだ。

多くの客にとっては初めて目にする商品を紹介するのは大丸の店員。間伐したヒノキを使った手触りの良いハンガーや、祭りの「みこし」に使われる金具から着想した装飾品など、個性的な製品の魅力を、訪れた客に説明する。各ブランドから開発や生産へのこだわりを事前に聞き取り、接客に生かしている。

売り場を企画した大丸松坂屋百貨店の広沢健太氏は「モノを買ってもらうのでは無く、体験してもらうことに特化した」と説明する。老舗百貨店の新たな取り組みは新聞やテレビで取り上げられ、注目を集めた。大丸東京店の主な客層は40代以上だが、22年1~2月に売り場を訪れた客の約8割は20~30代で、新たな客層の開拓につながっている。

客の反応をブランド側に伝える役割も担う。店頭に設置したカメラで、客の性別や年齢をAI(人工知能)で推定して記録しているほか、店員も接客を通じて寄せられた声をブランドに報告する。「少量で試せる商品が欲しい」という客の声がきっかけで、新商品の開発を始めた化粧品メーカーもある。

ブランドの多くは中小規模の企業で、将来性のあるブランドを大丸側が発掘する場にもなっている。

商品は客が気軽に手に取れるように展示されている。奥のテーブル席で、店員からじっくり説明を聞くこともできる(大丸松坂屋百貨店提供)

■次々に出店

「売らない店舗」の草分けとして知られる米「b8ta(ベータ)」は、2015年にサンフランシスコで創業した。店頭では商品を確かめるだけで、実際の購入はオンラインで済ませる店舗の「ショールーミング化」問題が広がっているのを逆手に取り、メーカーから出店料を徴収するビジネス方式で脚光を浴びた。

日本でも、ベータの日本法人が2020年から店舗を展開しているほか、米ショーフィールズが今夏に店舗をオープンさせる。国内企業では、高島屋が新宿店(東京都渋谷区)に売り場を開設し、今後、国内外の店舗で展開する方針を示している。丸井グループは今後4年で全店舗の売り場面積の3割を、コスメなどのD2Cブランドのトライアルコーナーや、アート・アニメの展示など「体験型」のものにする計画だ。

各店舗では、カメラやICタグなどで客と商品の動きを記録・分析して売れ行き予想などに活用している。OMO(Online Merges with Offline=オンラインとオフラインの融合)と言われ、小売り業界で注目されている手法で、大丸のようにデータ分析にAIを活用するケースもある。店頭在庫を抱える必要がないため、ブランドが出店費用を抑えられる利点もある。

新しい小売りの形として注目を集める「売らない店舗」だが、順風満帆という訳ではない。ベータは新型コロナウイルスによる影響で客数減に見舞われ、米国の全店舗を閉鎖した(日本法人は商標権を取得して独立、営業を継続している)。国内で「売らない店舗」を企画する関係者からも「物珍しさで滑り出しは注目を集めたが、特徴を打ち出さなければ早々に飽きられてしまう」と警戒する声が上がっている。

「売らない店舗」は、RaaS(Retail as a Service=小売りのサービス化)と表現されることもある。オンライン販売の比重が高まる中、リアルの手触りを求める消費者のニーズに応えつつ、来店者からの反響を素早くマーケティングに取り入れられる情報提供など、付加価値の高いサービスを実現できるかが生き残りのカギを握りそうだ。