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AIが結ぶ流通とメーカーの新たな関係
~ビール販促の最前線から~

夕方の買い物客でにぎわうスーパー店内。総菜コーナーで餃子をショッピングカートに放り込むと、カートに取り付けられた端末に「今ならビール10円引き」のクーポンが表示され、ついつい、ビールコーナーに足が向いてしまう――。そんなユニークな取り組みを、ディスカウント店を展開するトライアルホールディングス(福岡市)が進めている。AI(人工知能)技術を活用して「あと一押し」で商品を買ってくれそうな客にだけ割引を提案することで、販促費の効率を高めようという狙いで、食品・消費財メーカーの関心も高まっている。

◆買い物中にクーポン配信
ビール大手のサントリーは昨夏、リニューアルした「パーフェクトサントリービール(PSB)」の販促実験をトライアルHDと共同で始めた。

一定のファン層を獲得している「ザ・プレミアム・モルツ」などの定番商品と違い、新商品は最初のひと缶を手に取ってもらうために様々な手を打つ必要がある。テレビCMを放映し、店頭の目立つ場所に商品を大量に並べ、値引きキャンペーンを実施するといったマス(大衆)向けの販促を展開するのが常套手段だが、個々の取り組みの効果を詳細に検証するのは難しい。

サントリーはこうした課題を解決するため、タブレット端末とバーコード読み取り機、セルフレジ機能を備えた「スマートショッピングカート」を持つトライアルHDに目をつけた。会員カードの情報から、過去にビールやおつまみを購入した人を見つけ、店内で買い物をしている最中にPSBの割引きクーポンをショッピングカートの端末に表示させるキャンペーンを実施。商品を買ってくれそうな客一人ひとりにあわせた提案をすることで、費用対効果を高めることを目指した。

買い物中、ショッピングカートに取り付けられた端末には様々な情報が配信される
(千葉市のスーパーセンタートライアル長沼店で)

◆糖質ゼロで「免罪符」
サントリーは、割引クーポンの配信だけではなく、新たな販促手法を模索する取り組みも進めた。いくつかのアイデアを試す中で、確かな効果が上がったのが「免罪符消費」を後押しする試みだった。

PSBは「糖質ゼロ」をうたった商品。糖尿病などの持病に悩んでいる人や、健康志向の消費者が買い求めているのではないかという仮説に基づいて販促を行った。日ごろは健康に特別な意識を払っていない人でも、脂っこいものを食べる時には「せめてビールは糖質ゼロのものにした方が良いかもしれない」という心理が働くに違いないと考え、焼き肉や唐揚げなど“脂っこい”商品の写真とともにPSBを紹介する動画やPOP広告を作成した。「自分への言い訳(免罪符)」を促す試みだ。

制作したPOP広告(サントリー提供)

この狙いは効果てきめんだった。動画を放映した店舗では、動画を流さなかった店よりもPSBの売り上げがはっきりと上回った。結果を受けて、サントリーはPSBを焼き肉店やお好み焼き屋などに向けた業務用販売のてこ入れを図るなど「免罪符消費」に働きかける販促を加速させている。今後、テレビCMや新聞折込広告などでも同様の提案を展開することも検討する。

今回の実証実験を担当したサントリーの東大介氏は、実際の店舗で検証を行ったことで説得力のある結果を出すことができたと強調する。動画の一部は、トライアルグループが電通グループと共同出資する関連会社で制作したことで、実験期間の短縮やコスト削減ができたことも追い風となった。東氏は「PDCA(計画・実行・評価・改善)を素早く回すことで、新たな販売促進策の精度を高めることができる」と、トライアルHDとの協力に手応えを感じている。

◆業種の垣根を越えて
食品メーカーにとって、スーパーなどの流通企業は営業先。商品棚の確保や、リベート(販売奨励金)の支払いなどを巡って厳しい交渉を迫られる相手だ。スーパーなどの売り場で、メーカーが実証実験を行えるような機会はめったにない。

トライアルHDは業界の長年の慣習とは一線を画し、サントリーのほか花王やカルビーなど、30社以上のメーカーや卸売り企業と提携し、福岡県宮若市にある研究拠点でAI(人工知能)技術を活用した実証実験や開発を進めている。業種の垣根を越えてアイデアや経験を交換するオープンイノベーションの場を作り出すことで、国内の流通業界全体で40兆円にも上るとみられる広告や販売促進、食品廃棄などにかかるコストを削り、消費者に還元することで競争力を磨き上げる戦略だ。

デジタル端末の開発を自社で行い、配備を進めているトライアルHDの店舗では、スマートショッピングカートを活用して買い物客一人ひとりにあわせた商品提案を行うほか、店内の商品棚をカメラで撮影してAIが分析することで、欠品などで商機を逃すことを避ける。様々な端末から集まった膨大なデータを活用するには、小売りと卸、メーカーの壁を取り払って議論することが重要だという考えから異例の取り組みが始まった。

トライアルの店内には膨大な数のAIカメラが取り付けられている(同店で)

スーパーの店内には膨大な商品が並ぶ。客が事前に「あの商品を買って帰ろう」と決めているのは2~3割に過ぎず、残りの7~8割は店舗で見てから決める「非計画購買」だとされる。トライアルHD広報室の野田大輔室長は「買い物の最中に、割引や商品の紹介を提案できる技術の重要性は高まっている」と話す。

流通の最前線でデジタル機器やAIの進化をマーケティングや販促に採り入れる動きは、今後も急速に進んでいきそうだ。