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消費者への新たなアプローチ「感覚マーケティング」とは
外川拓・上智大学准教授に聞く㊤

リテールアド・コンソーシアムは7月20日、東京都内で上智大学の外川拓・准教授を招き、「感覚マーケティング ―五感訴求のコミュニケーション戦略―」と題した講演会を開催した。近年の研究成果に触れつつ、消費者への新しいアプローチを紹介した講演の概要について、上下2回で紹介する。

 

最新の研究状況などについて話す外川准教授(中央)

 

◆アナログレコードが人気

まず、2022年の3月、読売新聞オンラインに掲載された「アナログレコードは死なず」という記事を取り上げたい。


https://www.yomiuri.co.jp/column/chottomae/20220316-OYT8T50070/

今、レコードが人気を集めている。「販売減が底を打ったのでは」と思われがちだが、そうではない。生産量は10年間、右肩上がりが続いている。どうやら一過性のブームでもなさそうだ。別のメディアでは、「米国でレコードの売上高はCDを上回った」というニュースも報じられている。

アナログレコードは、音質や利便性の面ではオンライン配信サービスなどに比べると劣るというのが一般的な認識だと思うが、それを補って余りある「何か」に価値を見いだしている人が多いからこそ、このような現象が起きている。

米ミシガン大では、図書館の蔵書を大幅に電子化しようという計画を発表したところ、教員と学生の双方から反対意見が出た。これも、目に見えるもの以上の「何か」があるからこそ、紙の本を残しておきたいという人が少なからずいたという事例だ。

 

◆「感覚」に付加価値

過去の理論では、人間の頭脳は色々な情報を入力すると、コンピューターのように正確に統合して、「購入するか、しないか」「好きか、嫌いか」といった判断を下すものだと想定してきた。そのような仮定を置くことで、理論が大幅に発展してきたという側面はある。

しかし、本当にこの想定がすべての場面で当てはまるだろうか。例えば、私たちはスマートフォンを購入する時に、価格やカメラの画素数、画面の解像度、重さ、大きさ……といった情報を全て処理し、どの機種を購入するのかしないのか、最適な答えを導き出しているだろうか。多くの人は、「なんとなくカッコイイ」「手に取ると心地よい」といった理由で選んでいるのが実際のところだろう。

こうした非合理的とも言えるような消費者の行動を捉えようとするアプローチのひとつとして「感覚マーケティング」が注目されるようになってきた。消費者の五感に訴えかけるマーケティング、と言い換えても良い。

感覚マーケティングの効果は、色々な事例で証明されている。

例えば、米国のアイスクリームブランド「ディッピンドッツ」。液体窒素で急速冷凍したつぶつぶのアイスで、口に入れるとパチパチはじける。個性的な商品が人気を集め、業績も堅調だ。

ディッピンドッツの商品は、競合するアイスクリームよりも2ドルくらい価格が高い。高品質な原料を使っている訳ではないし、味も一般的なアイスクリームと大きな違いはない。それでも消費者が喜んで2ドル余分に支払っているのは、口の中でパチパチはじける独特の食感に付加価値を認めているからだろう。

 

◆「色」が売り上げを左右する

実際のビジネスの現場でこうした「感覚」の重要性が注目され始め、研究者も体系的に調べ始めたのがこの10年間ほどの動きだ。五感全てが研究対象となっている。

視覚に関しては、色彩の影響についての研究が盛んだ。

一例として、米ペンシルベニア大のJ. バーガー教授が行った研究を取り上げたい。米国のスーパーマーケットの売り上げデータを分析した結果、10月末のハロウィーンの直前は、直後に比べて、オレンジ色の商品が高い確率で選ばれていることがわかった。

人間には、過去にたびたび接したものをだんだん好きになっていくという傾向がある。心理学で「プライミング効果」と言われるもので、オレンジ色のカボチャをくりぬいたオバケの飾りが米国の街中にあふれるハロウィーンの直前に、この効果が顕著に表れているのだと思われる。

色彩が異なれば、人に与える影響も変わる。赤色には衝動性、青色には創造性をそれぞれ刺激する効果があると、様々な研究で指摘されている。店頭広告(POP)や値札、買い物カゴなどに赤いものが多いのは、衝動買いを促す効果が期待されているためだろう。ホームセンターで青色系統のロゴや店内装飾がよく使われているのは、来店客に自宅のインテリアの配置に思いを巡らせてもらうための施策なのかもしれない。

早稲田大の恩藏直人教授をリーダーとする研究チームでは、あるスーパーマーケットに協力してもらい、赤、白、青と色の異なる買い物カゴを用意した。まだ分析を継続している段階だが、買い物カゴの色によって、「自分がいくら分の買い物をしたか」という会計前の推測に影響が生じている傾向がみられている。

 

◆好感度の高いブランド名は?

聴覚もマーケティングには非常に重要で、テレビCMの音楽をどうするか、店内で何を流すかといった色々な研究がある。その中でも最近注目されているのが、ブランドの名称で、韻を踏んだ名前に好感が持たれやすいということが研究で分かってきた。

チョコレート菓子の「M&M‘S(エムアンドエムズ)」や「キットカット」、動画共有アプリ「ティックトック」、ハンバーガー店「シェイクシャック」、ノート型PC「マックブック」、コンビニエンスストア「セブン―イレブン」。こうした反復する韻を踏んだ音の心地よさが、ブランド評価につながるとみられている。

韻を踏んだブランド名と、韻を踏んでいないものを、それぞれ声に出して読んだ人と、目だけで黙読した人に印象を評価してもらったところ、韻を踏んだブランド名を音読した人たちが最も高く評価したという研究もある。韻を踏んだブランド名でも、黙読しただけの人たちの評価はそれほど高くなく、「音声的な心地よさ」がブランド名には重要なのだと、統計的に証明された事例として知られている。

外川拓(とがわ・たく) 上智大経済学部准教授
早稲田大商学学術院助手、千葉商科大専任講師、米オハイオ州立大客員研究員などを経て、2020年から現職。専門はマーケティング論、消費者行動論。主な著書に「消費者意思決定の構造」(千倉書房)など。1985年生まれ。

㊦へ続く