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ペーパーレス時代の「紙の情報の価値」とは
~柴田博仁・群馬大学情報学部教授に聞く㊦

ユーザーインターフェースや認知科学について長年研究してきた群馬大情報学部教授の柴田博仁さんは、情報を伝える媒体としての紙とデジタルの比較研究を踏まえた上で、「目的や用途に応じた使い分けが大事」だと語る。

<㊤はこちら


■気持ちが伝わる「紙」
――<上>では国内外の「紙とデジタル」比較の研究事例を紹介されましたが、ご自身の研究成果についても触れていただけますか。
過去に印刷学会で発表した「感謝の気持ちは紙に手書きする方が強く伝わる」という内容の調査結果があります。
ここでは、ゴシック体のメール(A)、楷書体で印字されたハガキ(B)、手書き風ハガキ(C)、手書きのハガキ(D)といった4種類の文章スタイルを比べました。すると、手書きのハガキ(D)が総じて好ましい印象を与えを与え、親しみやすさや正直さを感じさせるという結果が出ました。

詳細な理由はわかりませんが、受け手側は紙に手書きして送るのには手間暇がかかることを知っており、「自分のためにこうしてくれた」という心理が働くのは間違いないでしょう。感謝の気持ちを伝えるには、やはり紙に手書きするのが望ましいようです。
かねてから、筆跡と書き手のパーソナリティー(人間性)の相関関係は研究対象となってきました。とくにヨーロッパでは筆跡学という学問があるくらいです。実際の人格との関連性については確たる裏付けがありませんが、人は筆跡から相手のパーソナリティーを読み取ろうとしていることがわかっています。

■紙の本の良さ
――今は電子書籍も普及し、本を読むのも紙とデジタルの二つの手段がありますね。
デジタルはたしかに便利ですが、紙で読む良さもあります。たとえば、紙で文章を読むときは目で見るだけでなく、手もけっこう使うものです。
実際に本を読むシーンを思い浮かべてください。指でページをめくったり、複数のページを行き来したりしますよね。そうした行為の頻度が多くなればなるほど、記憶への定着やより深い理解といった紙の良さが顕著に出てくるのです。
読みにくい文章は、実際に書いてある内容を行動に移す際、やりにくさや煩雑さを感じるというユニークな実験結果もあります。
2種類のフォント、比較的読みやすい「アリアル(Arial)」とやや読みにくい「ミストラル(Mistral)」を使って、料理のレシピの調理時間を推定させる実験が行われています※4。料理にかかる時間はアリアルが平均22分に対して、ミストラルでは36分でした。読みにくいレシピだと、調理時間も長くなると想像されました。

■使い分けで効果を
――これまでに紹介された研究結果から、どんなことが言えそうでしょうか。
情報メディアとしての紙とデジタルを比較した場合、まずコストに関しては紙の方が高く、デジタルは安くなります。広告などで顧客の反応を把握する面でも、デジタルはクリック履歴を活用した効果の検証が比較的容易ですが、オフラインの紙ではやりにくいといえるでしょう。
一方で、商品やブランドについて、受け手にどちらの方が印象に残りやすいかの比較では、デジタルは紙ほど優位ではないように思います。
これらを踏まえて提言をさせてもらうとすれば、情報伝達の狙いや用途に合わせて適切な使い分けを行うことが大事だと思います。
たとえば、広告においてターゲット顧客が定まっておらず、とりあえず広く認知を獲得したいのならば、コストの低いデジタル広告を利用してもいいでしょう。逆に、優良顧客にブランドイメージを定着させたり、高額な商品をアピールしたりする場合は、紙の広告の利用価値が高まると考えられます。手間とコストがかかる分、顧客に対して「大事にしている」ということを伝えられるからです。
紙の良さは、突き詰めれば「モノ」だというところに行き着くと思います。デジタルデータには形も質量もありません。逆にいえば、これがデジタルデータの利点をもたらしている要因であり、質量がないからこそ、伝送も簡単だし、検索も容易で、保存しても場所を食わない。それに対して紙は、場所もとるし検索もできませんが、手で触れることができ、何より五感に訴えるものがあるのです。
今後も社会のデジタル化はますます進むでしょう。ですが、私は紙の希少価値はかえって高まると思っています。モノとしての紙をどう生かすかの知恵が試されているといえます。

※4 【出典】Song, H. and Schwarz, N.: If it’s hard to read, it’s hard do: Processing fluency affects effort prediction and motivation, Psychological Science, 19 (10), 986-988, (2008).

柴田 博仁(しばた・ひろひと) 2003年、東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了、博士(工学)取得。富士ゼロックス株式会社 研究技術開発本部研究主幹などを経て、現在、群馬大学情報学部教授。専門はユーザーインターフェースデザインと認知科学。著書に「ペーパーレス時代の紙の価値を知る」(産業能率大学出版部)などがある。