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ペーパーレス時代の「紙の広告の価値」とは
~柴田博仁・群馬大学情報学部教授に聞く㊤

社会のデジタル化の進展に伴い、企業などの職場や教育現場などにペーパーレス化の波が押し寄せている。そんな状況下で、むしろ「紙の価値」の重要性が増していると指摘するのが、群馬大学情報学部教授の柴田博仁さんだ。情報媒体としての紙の役割、デジタルとの使い分けの必要性などについて語ったインタビューの内容を2回にわたって紹介する。

■人を知的にさせる存在

――ペーパーレス社会における「紙の価値」について研究され、著書も執筆するなど発信を続けられています。紙の情報がもつ特性についてどのようにお考えですか。

2020年に群馬大学に着任するまで、富士ゼロックス株式会社(当時)で主にユーザーインターフェースの研究をしていました。大きくいうと、「コンピューターを使って人間をより知的にしたい」という目標に向けて活動していました。
その中で気づいたことがあります。コンピューターは何かをシミュレーションしたり、大規模な計算をしたりといったことに使うには確かに便利ですが、「読む、書く」という人間の非常にベーシックな能力においては、紙ほどにうまく支援できないのです。
紙というのは考えてみると不思議な存在です。何のコマンド(命令)も持たず、自ら知的な作業もできません。ただ、人は紙に対して多様な表現が可能であり、表現物との対話を通じて人間はとてつもなく知的になることができるのです。
たとえば、紙に数式を書くことによって計算ができるようになる。それが発展し、場合によってはノーベル賞を取れるほどの研究を導きました。紙が持っている素晴らしさとは何だろう、それを解き明かしたいと考えました。そんな中で認知科学の道に入り、コンピューターを道具として利用し、人間をより知的にしたいという研究が私のライフワークになりました。

■脳に深い痕跡

――具体的に紙とデジタルをめぐる研究や論文で注目されるものにはどんな例がありますか。

広告における紙とデジタルの役割と効果について、認知科学の側面から考察した場合、興味深い研究がいくつかあります。
まず挙げたいのは、広告会社の米ミルワード・ブラウンが行った調査リポート※1です。端的にいうと、「紙の情報は脳に深い痕跡を残す」という内容です。
20人の被験者に対し、スクリーン画像と紙にプリントアウトした画像を見せ、MRIで脳をスキャンして状態を比較します。すると、スクリーン画像の場合は視覚に関する部位が活性化しますが、紙の画像では視覚に加えて空間に関する部位も活性化したのです。
なぜでしょうか。私なりに考察すると、手に持つ状況を想像するためだと思います。手で持って、自分の体の一部として見るように画像と自分の位置関係をとらえようとするので、脳の空間をつかさどる部位が活用されると思われます。簡単にいえば、紙の方がより脳に痕跡を残すということです。

■記憶に残る情報

――同じ内容の情報を、デジタルと紙で見せた場合の効果の比較については、何か実証研究がなされていますか。

同様に48人の被験者に対して、風邪と風邪薬の記事をスクリーンと紙の両方で見せた後、内容を思い出してもらう実験の例※2があります。ここでも、後から正しくアイテム数やブランド名などを再現できた人はスクリーンより紙の方が多かった。つまり紙の方が記憶に残りやすいということが実証されました。
もちろん、紙の方が優位なことばかりではありません。デジタル媒体は総じてコストが安くすみ、広告などに使う場合は顧客特性や商品のコンバージョン(成約)率といったデータ分析がしやすいといった利点があるでしょう。
私は、情報メディアとしての紙とデジタルは目的や用途に応じた使い分けが肝心だと思っています。具体的な方策については、<下>で詳しく述べたいと思います。

※1【出典】Millward Brown: Using neuroscience to understand the role of direct mail, Millward Brown Case Study (2009).
※2 【出典】Magee, R.G.: Can a print publication be equally effective online? Testing the effect of medium type on marketing communications, Marketing Letters, 24 (1), 85-95 (2013).

柴田 博仁(しばた・ひろひと) 2003年、東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了、博士(工学)取得。富士ゼロックス株式会社 研究技術開発本部研究主幹などを経て、現在、群馬大学情報学部教授。専門はユーザーインターフェースデザインと認知科学。著書に「ペーパーレス時代の紙の価値を知る」(産業能率大学出版部)などがある。

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