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さとなおさんに聞く、リテールにとっての「ファンベース」

自社のサービスやブランドを愛してくれるファンを大切にし、そのファンをベースにして中長期的に売り上げや価値を上げていく「ファンベース」を提唱している“さとなおさん”こと株式会社ファンベースカンパニー会長の佐藤尚之さんに、スーパーをはじめとしたリテールにおけるファンベースの考え方を聞いた。

――なぜ今、ファンが大切なのでしょうか。

これからの日本はマーケットがどんどん縮んでいき、お客さんが減っていくわけですね。凄まじい勢いで人口が減っていき、需要が減って不況が長く続いていく中において、新規客の取り合いでパイを増やしたり、シェアを拡大したりするのはどんどん厳しくなっていきます。このような状況においては、今こちらを愛し、注目してくれているファンを重視する必要があります。
その理由として、2割のファンたちが売り上げの8割を支えているという「パレートの法則」がまず挙げられます。この法則はほとんどの業種で当てはまります。先が見えない今のような時代においてこそ、ファンを大事にして売り上げを固めることが先決です。

人口減などで新規獲得が難しい中、いかに頻繁に買ってくれている人に喜んでもらう施策を実行できるかがファンベースのカギ


――一方で、コロナ禍でいろいろと制約があると、企業はファンともコミュニケーションがとりにくいように思えます。

新規のお客さんとはもっととりにくいですよね。ファンたちは企業や商品をよく知っていて愛用してくれるだけでなく、情報にもアクセスしてくれます。その「2割」の人たちを大事にする。たとえばコロナ禍で厳しい状況のレストランはたくさんありますが、ファンを持っている店はその中でもしっかりもっています。ファンは「厳しいからこそ行かなくちゃ」と心配している。「私が行かないと潰れちゃう」と思ってこんな状況下でも通うのがファンです。ファンたちはもっと通う必要があると思うだけじゃなく、いつもより一品多く頼んだり、いつもよりちょっと高い料理を頼んだりする。いわゆるライフタイムバリューを上げて支えようとしてくれるわけですよね。そういうファンの姿がコロナでよく見えるようになったのが、今じゃないでしょうか。通りすがりの新規客は、なかなかそうはなりません。
もちろん、コロナ禍ではファンの人の行動もままなりません。ただ、新規でお客さんになってもらうことはもっとずっと難しい。なのに、まだ日本は、ファンの方々にこそサービスを、というような方向に行っていないんですよね。今まで「新規が大事」と思いすぎていて、新規のお客さんにはサービスや割引をたくさんするのに、長期の利用者には何もしなかったりする。この新規獲得が難しい時代に、売上を支えているファンをなんで大切にしないのか。不思議に思います。

――ファンの大切さは、スーパーなどリテールの企業にも当てはまるのでしょうか。売る側も買う側も、安さや立地などを優先しがちなように思えます。

「パレートの法則」でいったら、8割は通りすがり。近所で一番安いからという理由でお店を選ぶ人は、もっと安い店があったら、そっちに行ってしまう浮気者です。一方で、価格に関係なくそのお店を愛し、そこで買うと決めている人が2割はいる。その人たちが売り上げを支えてくれています。大手スーパーの方からも、「常連さんで売り上げの8割」といった話を聞きます。
もちろんそのスーパーに通うきっかけは価格や立地だったかもしれません。でも、ファンは、通ううちに共感や愛着や信頼を感じて、感情で好きになり、離れなくなります。

――そのファンと、どうコミュニケーションをとっていけばいいのでしょうか。

その企業やブランド、商品によって、ファンが喜ぶポイントは違います。たとえば野球でいえば、読売ジャイアンツ、阪神タイガース、横浜ベイスターズのファンがそれぞれ違うように、本当にファンタイプって分かれるんです。なので、自分たちのどこが好かれているのか?どこが愛されているのか?をしっかり把握しないと、ファンを喜ばせることができません。ファンでない人にとってはどれも同じスーパーに見えていたとしても、ファンにとっては感情で好きになる何かがあるから通い続けているわけです。多くの企業は、ユーザー全体の調査はしていても、ファンだけ集めた調査はほぼやっていません。ユーザー調査には8割の浮気者の声も入ります。2割のファンだけを抽出した調査をやって、ファンの姿を的確に把握する必要があります。

自分たちの魅力は自分たちがいちばんよく知っていると企業は思いがちですが、実際は違います。ファンの方がよく知っているんです。たとえば夫婦でも、自分はここが好かれていると思っていても、相手に聞くと違っているなんてことよくあるんです。そういった意味で、ファンに傾聴しないと「好かれているポイント」はわかりません。そこが第一歩になると思います。
好かれているポイント、というと、スーパーなら価格とか品揃えとかいう「機能価値」なのではないかと思いがちですが、機能価値って、それが優れていればいるほどライバルにマネされてしまいます。そう、機能価値はコピーできるんです。でも感情という「情緒価値」はコピーできません。ファンの感情が大切なんですね。共感とか愛着とか信頼といった感情です。
地方のスーパーは、これに取り組んでいる例が増えているように思います。地域に密着している分、地域の皆さんに好かれないとやっていけないんです。たとえば「共感」なら、人は人に共感しますから、従業員のキャラクターを前面に出して、ウェブサイトで紹介したりお客さんとの交流を増やしたりするとファンの共感は強まります。こういった取り組みに舵を切っているお店も多くあり、これから広がっていくと思います。

――お店とお客さんの接点として、折込チラシがあります。チラシというと、やはり特売品をイメージしがちです。

価格とか目玉商品目当てで通ってくる人は、他のスーパーでもっとお得な商品があれば、そっちに行く人です。もちろんチラシなので、目玉商品は出てきますよね。でも、その中に、そのお店が感情で愛されている部分を意識して出して行くと、ファンたちは喜びます。
たとえば近くのお店で、「あそこの売り場のあの人がいつも親切で好き」みたいなことってありますよね。その人がチラシに出てくれば、もっとそのお店に愛着が湧いたり応援しようと思ったりするでしょう。こういう風にチラシもファンとのコミュニケーションツールになります。
ただ集客するためだけの発想のチラシだと、ファンベースの考え方とは違ってくると思います。中長期的なお客さんを作るためには、チラシも売り場も特売品も、ファンがどこを愛してくれているのかを知ったうえで作って行った方がいいですね。

新聞ファンを調査したことがあるのですが、新聞ファンはチラシも大好きなんですね。新聞ファンは、新聞に載っている広告や挟まっている折込をすごく熱心に見る。テレビやネットに比べて精読されている率が高いというデータも出ています。
実は新聞にもパレートの法則は当てはまって、数年単位で見ると、2割の新聞ファンたちが売上を支えているということがわかってきています。新聞社は新規読者の獲得に注力しがちですが、新聞ファンにもっとフォーカスをすることで売上を安定させ、広告や折込チラシを愛している人にももっと喜ばれることで広告主企業にも喜ばれる。そんな、ファンと企業とメディア、それぞれにとってよい関係を目指すこともまだまだ十分可能だと思っています。

佐藤 尚之(さとう・なおゆき)
株式会社ファンベースカンパニー 会長。株式会社ツナグ代表取締役。大阪芸術大学客員教授。1961年東京生まれ。1985 年電通入社。コピーライター、CM プランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立。著書に、『ファンベース』(ちくま新書)、『明日の広告』『明日のコミュニケーション』(アスキー新書)、『明日 の プランニング』(講談社現代新書)など。